喫茶店に懐く憧憬は煙草の味に似ている

 大仰なタイトルをつけたくなるのは僕の悪癖の一つだ。治す気はない。

 今回は個人経営の喫茶店が好きと言う話をする。いつにもましてなんの役にもたたない記事になるだろうが、そんなのは知ったことではない。

 

茶店のすゝめ

 諸君はコーヒーは好きだろうか。僕は大好きだ。愛していると言っても良い。独り暮らしを始めてからはややのむ頻度は落ちたが、寮生活をしていたときは、朝食後、昼食後、下校後、夕食後、点呼後、深夜といった具合に友人と共にガブガブ飲んでいた。無論缶コーヒーなどではない。あるときは大阪の、あるときは奈良の、またあるときはインターネットで豆を取り寄せてまでうまいコーヒーを飲むことに拘った。

 どうでも良いが、これはいま僕がタバコを吸う頻度と似ている。一息つく感覚だったんだろうな。

 さて、いまの世の中にはチェーン店のコーヒーショップが、溢れている。あそこにスタバここにもスタバ、そこにはドトールと言った具合だ。出勤前のサラリーマンや学校帰りの女子高生、Macをひろげて悦に浸る大学生などが見受けられる。便利な世の中になったものだ。手軽に安くコーヒーが飲める。まぁ、そういったお店の利用者達がブラックコーヒーを飲んでいるのを僕は見たことがないが、それはこの際おいておこう。

 しかし、少し待ってほしい。本当にそこでのむコーヒーは美味しいだろうか。そこに三百円を払う価値はあるだろうか。いや、忙しい平日ならばまだいい、友達と適度な雑音の中で勉強会と言う名のお喋りに興じたいのであれば否定はしない。

 ただ、休日に散歩の休憩がてら一人で立ち寄るのがそのようなありふれたチェーン店でもいいのだろうか。少なくとも僕は良しとしない。昭和から営業しているであろう薄暗い喫茶店や、渋いマスターの経営する小洒落た今風の喫茶店が好きだ。そこにはチェーン店にはない、個人経営ならではの良さが感じられる。

 かつては喫茶店ブームにより、乱立した個人経営の喫茶店も、今では減りつつある。

 日本コーヒー協会によると最盛期の1981年は十五万四千軒もの事業所数があったにも拘わらず、2016年には六万七千と半分以下にまで落ち込んでいる。実に嘆かわしい。嘆かわしいのだが仕方がない。

 だが、そんな今日だからこそ僕は個人経営の喫茶店をオススメしたい。

 そこにはきっとチェーン店にはない良さがあると思うから。

 

コーヒーと煙草と音楽と

 僕が思う喫茶店の良さは大別して二つある。一つ目は雰囲気だ。

 結局お前もお洒落ぶりたいだけかよ。と言う意見は受け付けない。ただし否定もしない。

 ただまぁ待ってほしい。休日に一人で、もしくは仲の良い友人と過ごすのに雰囲気大事な要素ではないだろうか。個人経営の喫茶店は内装や調度品には拘っている場合が多い。それも大事な集客要素の一つだからだろう。

 僕が今足繁く通っている喫茶店は二つほどあるが、一つ目の店はまさに昭和からあるようなシックな店で、やや薄暗い店内に、艶のある赤茶色のカウンター、同色のテーブルとイスが数脚設置してあり、店主お気に入りのジャズやクラシックが拘りの真空管アンプから流れる渋い店だ。軽食もあるので昼時はサラリーマンの姿が散見される。メニューも豊富であり、まさにザ・喫茶店と言った感じである。ただ、最近はそちらの売上より自家焙煎の豆の卸売りで生計をたてているらしい。悲しい。

 二つ目のお店は比較的新しいお店で喫茶店というよりはカフェという語感が似合う。白い壁に黒の塗料でなにやらかっこいいイラストが書かれており、僕もこういう風に年を取りたいなぁと思わせるような渋いマスターのいる若者が好きそうな喫茶店だ。おそらく店主の好みであろう本が並んでおりそれを読みながら至高の一時を過ごすこともできるが、こちらの店の常連客(誤解を憚らずに言えば僕もその一人だ)は、主にマスターの知り合いから成り立っているので、彼らの会話に混じるのも楽しい。知らない人との会話はいつだって楽しいものだと僕は思う。こちらの店も雰囲気の良いBGMがかかっており、僕は時折「これなんて曲ですか?」などと聞いてはApple Musicのライブラリに追加する。余談ではあるが、こちらのお店はスイーツも充実しており、どれも美味ではあるが、僕はとりわけラム酒の入ったプリンが好きで注文しては舌鼓をうっている。それからカウンターに無数に陳列されたウイスキーラム酒の瓶のなかから気になった銘柄を選んでのむこともできる。僕はなにもない日は専らアードベックのハイボールやギネスを昼間から飲んでいる。

 更に、僕が気に入っている点としては、どちらのお店も店内、もしくは喫煙スペースでタバコが吸えることだ。非喫煙者からすると迷惑きわまりないかもしれないが、僕個人としてはタバコとコーヒーは非常に相性がいい。お気に入りの店で、リラックスして、良い音楽を聴きながら、タバコに火をつけて、うまいコーヒーを啜るのは何物にも変えがたい至福の時間である。こう言う良さはチェーン店にはないように思う。

 そのうち機会があればこれらのお店のことも記事にしたいなと思う。お店の宣伝にはならないだろうから、ただの自己満足だが。

 

本日のブレンド

 二つ目だ。僕のようなコーヒーフリークにとってはこちらの方が寧ろ重要だが、当然コーヒーの味についてである。近年サードコーヒーブームだかなんだか知らないが、乱立するチェーン店にはない、各喫茶店が拘った焙煎具合や豆の選定からなる良さがある。

 当然だ。バイトが適当に淹れたコーヒーや機械で自動ではいるコーヒーが、真のコーヒー好きが拘った一杯に勝てるわけがない。技術の進歩は目覚ましく、また僕のような工学系の人間は嬉しくも思うのだが、嗜好品はまだ自動化の波には負けていない。

 個人的に良い店かどうかを判断するのによく使っている手法は、その店のブレンドコーヒー、もしくはアイスコーヒーを頼むことだ。その二種はコーヒーに特に拘りのない客や、初見の客が頼む可能性が高いため、喫茶店としてはこだわるべき、かつ店の特色が出やすいポイントだろう。

 頼んだブレンドコーヒーが深煎りを得意とする店でもないのに苦いばかりでコクも酸味も風味もないものだった場合はその店は外れだ。コーヒーにあまり興味がない客はコーヒーの味よりも雰囲気を重視するため、コーヒーとは苦くあるべしという謎の固定概念を持っている。そこに迎合して、ただ苦いだけのコーヒー擬きを出すような店は僕の求める喫茶店ではない。

 先ほど挙げた二店舗のうち、一つ目はブレンドは回転率をあげるために抽出に時間がかからず、安定した味を引き出せるサイフォンで美味しい一杯を淹れ、二店舗目は酸味のあるコーヒーが特徴店のため、ブレンドにも関わらず比較的酸味の強いコーヒーを出す。どちらも最高である。  

 関係ない話かもしれないが、僕が喫茶店に足を運ぶ理由の一つに焙煎したての豆を調達出来るということもある。スターバックスなどで手にはいる豆は基本的に焙煎してから時間がたっている。不味いとは言わないが、それでは駄目なのだ。家でコーヒーは淹れるが、いまいち満足できないという人は一度豆を変えてみるのをオススメする。

 確かにチェーンの喫茶店は安く早く安定してコーヒーを調達できる。だが、コーヒーは嗜好品である。嗜好品に五百円も払えなくてどうするのだ。家で相当な量コーヒーをのむ僕ですら、わざわざ喫茶店まで出向くことがあるくらいだ。一度で良い、散歩がてら近くに喫茶店がないか散策してみてはいかがだろうか。きっと新たな楽しみを見つけることが出来ると思う。